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「プレミアム塩とんこつラーメン」@ラーメン山岡家 鶴田店の写真2026年2月26日、木曜日。時刻は午後1時を少し回ろうとしていた。カレンダーの上ではもうすぐ3月だというのに、宇都宮環状線、通称「宮環」を吹き抜ける風は依然として鋭く、街路樹の裸の枝を無遠慮に揺らしている。僕は車のハンドルを握りながら、まるで終わりのないベルトコンベアの上を流れる荷物のように、単調な車列の中に組み込まれていた。

ふと、自分の中に空洞があることに気づいた。
それは何か決定的なものが欠落しているような、奇妙で物理的な飢餓感だった。気の利いたサンドイッチや、淹れたてのコーヒーでは到底埋められない種類の穴だ。僕が今必要としているのは、もっと圧倒的で、暴力的で、それでいてすべてを優しく包み込んでくれるような「確かな質量」だった。

交差点の少し手前、視界の端にあの赤い看板が飛び込んできた。
「ラーメン山岡家 鶴田店」。
僕は迷うことなくウインカーを出し、吸い込まれるように駐車場へと車を滑り込ませた。

店内に足を踏み入れると、あの特有の、強烈な豚骨の香りが僕を包み込んだ。それは外界の冷たさと退屈な日常から僕を切り離す、完璧なエアロックの役割を果たしていた。
券売機の前に立つ。今日の僕には、あらかじめ決められた明確なビジョンがあった。

プレミアム塩とんこつラーメン、麺大盛。追加トッピングは「紅ショウガ」「バラ海苔」「コロチャー(15個)」の三銃士。

「プレミアム塩とんこつ」、通称プレ塩。それは山岡家のメニューの中でも、ひときわ異彩を放つ白濁した静寂のスープだ。醤油や味噌のようなエッジの効いた自己主張を持たず、ただひたすらに豚骨の髄の甘みと塩のミネラル感を極めた、クリーミーな海。
そこに「大盛」という炭水化物の暴力と、3つの全く異なるベクトルを持つトッピングを放り込む。

これはもはや食事というより、ひとつの壮大な「建築」あるいは「儀式」に近い。
食券を店員に渡し、僕はカウンターの隅に腰を下ろした。コップの水を一口飲み、これから目の前に現れるであろう巨大なカオスについて静かに思考を巡らせた。

やがて、その「構造物」は僕の目の前に静かに置かれた。
僕は思わず息を呑んだ。それは圧倒的な美しさを持った曼荼羅だった。

プレ塩特有の、湯気さえも封じ込める分厚い脂の層。その白濁した湖の表面を、追加した「バラ海苔」の漆黒が覆い尽くしている。その傍らには、鮮血のように鮮やかな「紅ショウガ」の赤。そして、ゴロゴロと無造作に、しかし確かな意志を持って積み上げられた「コロチャー15個」の茶色。
大盛りにされた麺は、その重厚な具材たちの下で、静かにマグマのように息を潜めている。

まずはスープをすする。レンゲで白いスープとバラ海苔の境界線をすくい上げた。
プレ塩のスープは、相変わらず完璧なまでのミルキーさと、豚骨特有の丸い甘みを持っていた。そこに、バラ海苔から溶け出した磯の香りと、強烈な海の旨味が混ざり合う。
通常の海苔(板海苔)が「風景」だとしたら、バラ海苔はスープに溶け込む「現象」だ。豚骨の陸地と、バラ海苔の海。このふたつが口の中で出会った瞬間、そこには小さな海鳴りのような、深い旨味の共鳴が起こる。

そして僕は、茶色いサイコロ状の肉の塊——コロチャーのひとりに箸を伸ばした。
15個。これは決して少ない数ではない。15という数字は、一人の人間が一度の食事で向き合うには、いささか過剰な質量だ。しかし、この過剰さこそが、今の僕の空洞を埋めるためには絶対に必要なのだ。
スープの熱で温まったコロチャーは、噛むと特製ダレの香ばしさと豚肉の脂がじゅわっと溢れ出す。1つ食べても、まだ14個ある。3つ食べても、まだ12個ある。この「減らない」という安心感。僕は肉の迷宮を彷徨いながら、一種の催眠状態のような心地よさに身を委ねていった。

具材の森をかき分け、ついに大盛の特製中太ストレート麺を引きずり出す。
箸から伝わる重量感は、普通盛りのそれとは全く違う。加水率が低く、スープをたっぷりと持ち上げるこの麺は、噛むたびに小麦の確かな香りを放つ。
大盛りを食べるということは、時間との戦いではない。それは自分自身との果てしない対話だ。プレ塩のクリーミーなスープとバラ海苔を絡め取った麺を、ひたすらに啜り続ける。周囲の音は消え、ただ自分と丼の間にだけ、密やかな重力場が形成されていく。

しかし、どんなに美しい音楽でも、同じ和音が続けば耳は麻痺してしまう。
そこで、満を持して**「紅ショウガ」**の出番となる。
プレ塩のまろやかな甘み、バラ海苔の旨味、豚肉の脂。それらが最高潮に達し、わずかな倦怠感が顔を覗かせた瞬間、僕は赤いショウガを一摘み、麺と一緒に口へ運んだ。

世界が、パチンと弾けた。

強烈な酸味と、ショウガの鋭い辛味。それは、白濁した深い霧の世界に突然差し込んだ、一筋の鋭いレーザー光線のようだった。甘やかされた舌が、この痛烈な刺激によって一瞬にしてリセットされる。
「そうか」と僕は思う。僕らは甘さを理解するために、痛みを必要とするのだ。
紅ショウガの酸味がプレ塩のスープにわずかに溶け出すことで、スープは後半戦に向けて、まったく新しい、引き締まった表情を見せ始めた。

後半は、すべてが渾然一体となっていく。
バラ海苔は完全にスープと同化し、スープを黒みを帯びた緑色へと染め上げる。紅ショウガの赤はスープにほんのりとした桜色を落とし、残ったコロチャーたちは、麺の隙間で宝物のように輝いている。
僕はただ無心に、箸とレンゲを動かし続けた。

大盛りの麺の最後の一本を啜り切り、海苔とショウガと肉の旨味が溶け切ったスープを飲み干したとき、僕の中にあった「空洞」は、完璧な質量によって満たされていた。
額にはうっすらと汗が浮かび、胃袋からは力強い熱が全身へと供給されている。

「ごちそうさまでした」
僕は空になった丼を見つめ、小さく呟いた。


自動ドアを抜け、鶴田店の駐車場に出ると、宮環の車の流れは、僕が店に入る前と何も変わらずに続いていた。2月下旬の風はまだ冷たい。でも、僕の体は少しも寒さを感じなかった。

大盛りのプレ塩、バラ海苔、紅ショウガ、そして15個のコロチャー。
それは単なるラーメンではなく、僕が僕自身を取り戻すための、小さくて個人的な儀式だったのだ。この圧倒的な質量と熱の記憶があれば、僕はまたしばらくの間、この平坦で退屈な日常を、なんとかやり過ごしていける気がした。

車のエンジンをかけ、ヒーターの温度を少し下げる。
さて、午後の仕事に戻るとしよう。
僕の胃袋の中には今、確かな「世界」が構築されているのだから。

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